できない人間の生き残り戦略

人生に絶望した時に読む本!何のために生きるのか生きる意味や目的がわからないときに

 

こんにちは、静谷進助(せいたにしんすけ)です

  • 人生に絶望している
  • 何のために生きているかわからない
  • 生きる希望がない

現在こういった状況下に陥っている方は

ビクトール・フランクルの著書【それでも人生にイエスと言う】を読むと人生観が間違いなく変わります

せいたに
せいたに

私も25歳の時とに人生のどん底を味わい、同時に生死をさまよった経験があります

私は特に死を目の当たりにした経験からかフランクルの言葉がリアリティをもって受け入れることができました

著書【それでも人生にイエスと言う】はフランクルが強制収容施設から解放された翌年にウィーンで行った講演をおさめたものです

フランクルは強制収容施設で父や母そして妻をも亡くしました

そしてフランクル自身もいつガス室に送られるかわからない厳しい環境下で約3年間収容所生活を送りました

著書【それでも人生にイエスと言う】は極限状態を生き延びたフランクルによる【生きる意味】が書かれています

人間が考えられる極限の状況下を生き抜き、絶望的な状況下の人間を多く見てきたフランクルの言葉だからこそ誰よりも重く、心に残ります

【生きる意味】という問い自体が間違っている

フランクルに言わせると

【生きる意味があるか】

という問い自体がそもそも間違っているといいます

【私は人生に何を期待できるか】という自分から世界を見る自己中心的な視点ではなく

【人生は私に何を期待しているか】という人生から自己に問われている視点に変更しないといけないと言います

【私は人生に何を期待できるか】では強制収容施設のような絶望しかない状況で耐えることはできません

逃げられない運命であっても、その事実にどんな態度をとるかに【生きる意味】を見出すことができると言います

精神科医のフランクルにとって収容所という極限状態で

  • 人間はどういう状態になるのか
  • どういう人間が生き延びるのか
  • 自ら生き延びてこの収容所の惨状を世に知らせなければいけない

 

という使命を持ちました

フランクルにとってこれが【人生私に何を期待しているか】という問いに対する答えだったのです

人間が人生を問う前に、人生から意味が届けられている

人生から届けられた具体的な問いにその都度こたえていくことが【生きる意味】だとフランクルは言います

フランクルの代表作で収容施設の体験をつづった【夜と霧】によると

収容施設内でフランクルは収容生活に絶望した2人の囚人から相談を受けました

フランクルは相談にきた2人に対して

【この世界であなたを待っている何かはありますか、待っている人は誰ですか】

と問いました

科学者だった1人は科学研究がまだ完成していないこと

もう1人はアメリカに妹がいること、自分が死んでしまえば妹は独りぼっちになってしまう

【あなたを待っている何かや誰か】これがフランクルがいう【人生は私に何を期待しているか】です

相談に来た2人は自ら命を絶つことを思いとどまりました

【あなたが人生に絶望しても、人生があなたに絶望することはない】とフランクルは言います

私の場合は超絶に能力がなく普通の人が簡単にできることができず何度も絶望しました

特に空間を認識する能力や映像を記憶する能力が極端に低いので

書類をどこに置いたかいつもわからなくなる

お使いを頼まれてもそれがどんなものかがイメージできない

極度の方向音痴のため店にたどり着くことやたどり着いてもすんなり戻ってくることもほぼ無理

そして金融機関に勤めましたがどれだけ練習してもお札を勘定するのが誰よりも下手でした

 

どんな仕事をしても人並みにできず職を転々とし、ニートになって人生に絶望していました

そんなときにフランクルの存在を知り、本書【それでも人生にイエスと言う】に出会いました

【自分が人生に何を期待するか】ばかりを考え何もできない自分に絶望していた時にフランクルによって【自分がこの人生で果たさなければいけないことは何か】という視点を始めて手に入れました

そこからは何度もその都度この考えに立ち返ることにしています

書籍版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

kindle版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

人生を意味のあるものにする方法

人生を意味のあるものにする方法はさまざまあります

ゲーテが【何かを行うこと、何かに耐えることのどちらかで高めらないような事態はない】

といっているように

【可能であれば人生を変える最大限の努力をする、それが不可避であれば進んで運命を引き受ける】そのどちらかを全うすることによって人生を意味のあるものにできるのです

つまり困難や人生の制約に対してどのような態度、どのような振る舞いができるかで意味のある人生を実現できるといいます

フランクルは自分の不幸を嘆いたり、自分の運命に不満を抱くのは誤解もはなはだしいと手厳しく言っています

そして本当にどうすることも出来ない、どうしても変えることができない運命に逆らう人は運命とは何かをわかっていないとまで言っています

生きることは【与えられたもの】ではなく【課せられた義務】なのです

フランクルのこの解釈によると生きることが困難になればなるほど生きる意味があるものになるのです

運命から逃げないことが人間にできる最高の行いなのです

 

書籍版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

kindle版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

生きる意味があるかないかはその人次第

フランクルは大切なことは【その人がどんな人間であるかだけ】だと言います

例えば収容施設の所長でも収容された人のために自分のポケットマネーで定期的に薬局にいって薬を調達していたものもいたのです

逆に収容された人のなかでも同じ収容された人をひどく虐待するものもいたと言います

何をして暮らしているかやどんな職業についているかは結局問題ではないのです

ひとりひとりの人間次第なのです

脊髄腫瘍を患ったある若い男性は

もともと活動的だった彼は腫瘍のせいで手足がマヒ状態になり病院で横になっていることしかできなくなりました

そうすると彼は読書や音楽を聴いたり他の患者と積極的に会話を交わすようになりました

制限された活動を受け入れ、可能な範囲で自分の人生を意味のあるものしようとしたのです

そして命が後数時間しかないと悟った時にも回診に来た当直医のフランクルが宿直の看護師に起こされることがないよう気づかいながら亡くなっていったと言います

彼は最後まで人生が出す瞬間瞬間の問いに答えていったのです

どんな時も生きる意味があるかどうかはその人の自由選択にゆだねられている

重要なことはじぶんの持ち場、自分の活動範囲においてどれほど最善を尽くしているか

自分の活動を通じて、もっと有意義で意味に満ちた人生を送ることができるのです

書籍版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

kindle版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

まとめ

  • 人生に絶望している
  • 何のために生きているかわからない
  • 生きる希望がない

こういった方はビクトール・フランクルの著書【それでも人生にイエスと言う】をおすすめします

【私は人生に何を期待できるか】という自分から世界を見る自己中心的な視点ではなく

【人生は私に何を期待しているか】という人生から自己に問われている視点に立つ

【自分を待っている何か、待っている人はいるか】とその都度問いかけることで自分が果たすべき役割がわかる

生きることは【与えられたもの】ではなく【課せられた義務】であり

【可能であれば人生を変える最大限の努力をし、それが不可避であれば進んで運命を引き受ける】

みなさんも自分の活動を通じて、有意義で意味に満ちた人生を送ってください

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

書籍版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

kindle版【それでも人生にイエスと言う】を見てみる

 

RELATED POST